月は東に日は西に「保奈美別エンド」



保奈美お手製のシュークリームを食べた後、二人でソファーに座ってゆっくりしていた
「まっさか保奈美が裸エプロンで来るとは思わなかった」
「だって・・・なおくんが喜ぶかなぁって・・・」
「いや・・・喜んだけどさ・・・」
「ならいいでしょ」
「にしても、その為に着ないで取っておいたの?」
「いや・・・・・・それは・・・」
俺のイジワルな質問に保奈美は頬を赤らめる
「そーかそーか、うれしぃなぁ」
「もー、知らない」
保奈美が少し頬を膨らませながらソファーから立ち上がった
「あ、何処行くんだ?」
「今日はもう帰るの!」
「ゆっくりしていけば良いのに」
「いいの!せっかくなおくんの為に頑張ったのに・・・」
「あぁ、嬉しかったよ」
少し口調を和らげて後ろから軽く抱きしめる
「ん、でも今日は帰るよ、茉理ちゃんも戻ってくるでしょ?」
「そうだな、シュークリームの事を知ったら恨まれそうだ」
「あはは、そうだね」
「送るよ」
「ん〜そうだね」
「あぁ」

保奈美を家まで送る間
先ほどまでとは違って少し嬉しそうだった
「んじゃ、あのエプロンは乾いたら渡すよ」
「うん、お願いね」
「それじゃ、また明日」
「明日はちゃんと起きてね」
「あぁ・・・・・・ってそれは難しい相談だぞ?」
「そんな、わざわざ言い直さないでよ・・・」
「俺のアイデンティティを一瞬で捨て去ろうとしたからだ」
「そんなアイデンティティはいらないと思うんだけど・・・」
「ま、なんにせよ お休み」
「うん、お休みなさい」




(また夢か・・・)
夢の中で夢とわかる夢
最近はこんな夢を見ることが多い
そして起きるとその夢の記憶はどんどん薄れていってしまう

今日の夢もいつもと同じ
人の居ない寂しい場所
特に何をするわけでもない
特に何が起こるわけでもない
ただそこに居るだけの夢
ただ・・・そこで恐怖に震えるだけの夢
何が恐怖かなんて解らない
ただ漠然と・・・何かを恐れている
そんな夢だ

起きてしまえば綺麗さっぱり忘れてしまうこの夢だが
この時間が耐えられない
ただ過ぎ去る時間を
自由にならない身体でただ待つだけ
夢の中のオレは何をしているのか
夢の中のオレは何がしたいのか
夢の中のオレは何を恐れているのか
夢の中の・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・
・・




うわぁ!!
突然目が覚める
背中は嫌な汗でぐっしょり濡れている
時間は5時、外は白んできてきる
とにかくいつも通りシャワーを浴びることにする




「!!・・・あれ・・・・・・なおくん・・・・・・・」
居間で朝食をとる俺を見ると『信じられない』といった目を向けてくる
「お前が起きろと言ったんだろーが、失礼なやつだな」
「まさか本当に起きるなんて・・・夢でも見てるのかな」
そう言ってほっぺをつねる
・・・オレのほっぺを・・・
いででででで!自分のでやれ!!」
「やっぱり夢じゃないんだ・・・」
「まったく・・・源三といい英理さんといい、なんで俺を珍獣のよう――」
「ゲッ」
「あ、おはよー茉理ちゃん」
「あ!おはようございます保奈美さん・・・なんで直樹が・・・夢?・・・」
茉理もかっ!自分のほっぺをつねれ!!
俺の顔に近付く茉理の手をはたき落とす


とにかく失礼極まりない家族に囲まれ一抹の不安は消えていた
いや、不安なんて無かったのかもしれない、夢は所詮夢
別に何が起こるわけでもなし・・・



「あれ?なおくん大丈夫?」
「なにが?」
「なんとなく・・・だけど」
「なんだそりゃ?」
登校中、保奈美が俺の顔を覗き込んで言ってきた言葉
軽く避したつもりだったが
保奈美は『何となく納得いかない』といった様子で俺を見ていた
俺自身がその話題を避けたのでそれ以上追求してくるような事はしなかったが
保奈美には俺のほんの少し変なところも見えるのかもしれない
とにかく保奈美には心配かけたくないので変な夢を見ることは黙っておく事にした




「くーずーみー」
「保健室の前を通りかかった俺を何者かが呼び止めた」
「なーに変なナレーション入れてんのよ」
「しかし声に聞き覚えが無かったのでそのまま――」
「あら〜〜そんな態度とっていいのかしらぁ? 藤枝に有る事無い事吹き込むわよ?」
「ほ・保奈美は関係ないでしょう?」
「ほら、ちゃんと聞こえてるならさっさと入ってきなさいよ!」
「へいへい」

保健室に入ると結先生も椅子に座っていた
「こんにちは、久住君」
「あ、こんにちは・・・って俺になんか用ですか?」
「あーえーっと」
俺が率直に聞くと結先生は何か話そうとはしているようなのだが何も切り出さない
「久住さ、最近どう?」
「えらくアバウトな質問っすね」
「ん〜なんか最近変わった事無い?」
「変わった事・・・」
(保奈美が裸エプロンで現われた事とかは変わったことだなぁ)
「・・・特にありませんね」
(ま、わざわざ言うようなことじゃないけど)
「そか・・・妙に寝覚めが悪いとか、変な夢を見るとか・・・ない」
ッ!!
「有るのね・・・」
「ど・・・どうして・・・」
「さぁて ね」
「ココまで意味深に振っておいて、このまま帰れなんて無いですよね」
「ん〜悪いけどその通りかな、今のところ訳解らないし」
「は?」
「今日はただの確認ってだけよ」
「いや・・・そんな・・・」
「まぁ今日のところは帰りなさい、また何かあれば報告しなさい」
「・・・・・・はい・・・」
正直聞きたいことはいくらでもあった
ただ、おそらく聞いても何も話さないであろう事は解ったのでおとなしく引き下がった




そして数日後
やはり変な夢を見ることはある
それどころかその頻度が日に日に増してきているような気さえする
「危険な兆候ね」
恭子先生は俺の話を聞いてそう呟いた
「どういうことですか?」
「・・・・・・」
恭子先生は押し黙って何も言わない
そんな恭子先生に代わって結先生が話を切り出す
「久住君には・・・しっかりと話をした方がいいんじゃないですか?」
「・・・そうね・・・久住、今日の放課後・・・時計塔に来なさい・・・そこで話すわ」
「・・・・・・解りました」
正直何も解らない
自分の体調が悪いのもそうだが
それを何故先生たちが知っているのか
それらを知ることができるというなら・・・行くしかないだろう




「なおくん?」
「ん?」
「今日の放課後は暇?」
「あー・・・いや、悪い今日は無理」
「そっか・・・」
「悪いな」
「ううん、しょうがないよ、無理しないでね」
「あぁ・・・」
無理しないで・・・か・・・
今日も心配して連れ出そうとしてくれたのかな・・・




「遅〜い!」
HRが終わってすぐに駆けつけると恭子先生の開口一番がそれだった
「HR有るんすからコレが限界ですよ」
「まぁいいわ、とにかく入って」

恭子先生の促すままに時計塔に入る
特別な行事以外では使われない講堂
そこの上はまったく行った事が無い場所だ

そのうちの一部屋に案内された
「仁科です、失礼します」
「失礼します」

案内された場所は理事長室
そこで理事長である玲さんを交え
遅れてきた結先生も加わって訳のわからない話を聞かされた

この3人が100年後の住人である事
そこではある伝染病が蔓延して生き残った人間がこの時代に避難してきている事
そしてこの学校はそれらの人たちが社会になれるためのクッションとなっている事

それが俺の体調とどう結びつくのか
さっぱり解らなかったが、冗談で言っているようには見えず
ただ頷いているしかなかった

「ここまで・・・OK?」
恭子先生が俺に尋ねてくる
「・・・正直・・・信じろって言うほうが難しい話ですよね」
「ま、そうね、取りあえずは聞いてくれればいいわ
 信じる信じないは最後にして、とりあえず今はそんなもんだって思って聞いて頂戴」

そして話は俺の体調の話題へと移る

『祐介』
美琴が俺を見て口に出した名前
そいつは本当に俺に似ているのだそうだ
恭子先生も始めて俺を見たときはかなり驚いたらしい
むしろ祐介本人だとすら思ったらしい

そしてその祐介と俺を調べてみた結果同一の存在であったらしい
一卵性双生児の事かと思ったがどうも違うという話だ
一卵性双生児はDNAは同じだが、生活をする上で何かしら違う面が出来る物だとか
それは簡単に言えば傷痕とかホクロだとかニキビだとか・・・
とくにお互いが近くにいなければ趣味思想も若干変わる事が多い

それらが全て一緒
傷やあざも全て同じ
片方の体調が悪ければ
まったく同じようにもう片方の体調が悪く
片方が夢を見るときもう片方も同じように夢を見る
二つの意識が同調しかけているとか

二人が何故分かれたのかわサッパリわからない
だが、祐介はすでに伝染病に感染している
感染力は弱く、即効性は無いものの
確実に死に至る病気が
その兆候が俺にも見られるらしい
意識の同調が、身体にあるはずの無い物を作り始めているとか
現段階では俺は発病しているわけではないらしい

体調が悪いのも、今は単に寝不足からだそうだ
だが、いつ発病してもおかしくない
そして発病してしまえば保奈美に移る危険性がある
この伝染病は主に体液交換で移る
キスをすればそれだけで移ってしまう可能性が高い

ちなみに検査の結果、現段階では保奈美には影響は無かったらしい
だが、今後はわからない
発病してから一瞬で身体に異常が出るわけではない
そのタイムラグに保奈美に移してしまったら・・・

俺は怖くて保奈美とキスも出来なくなるだろう
話を完璧には信じなくても
『もしかしたら・ひょっとして』
・・・そういう気持ちがきっと俺を押し留める
そして俺は保奈美を拒絶する事になる
それだけは嫌だった
あまり保奈美を巻き込みたくは無いが・・・それでも保奈美にだけは知っていて欲しかった

そのことを話すと3人は意外なほどあっさりとそれを認めた
てっきり機密事項だから・・・とか言われると思っていたのだが
「信用できる人になら話していいことになってるの、その点 藤枝なら大丈夫でしょ?」
という事らしい




そして料理部が終わった保奈美が呼び出され、ココに現われる
どうやら保奈美の方は放課後に用事が有ったらしい
もし俺が断らなければ料理部をサボって俺と出かけたんだろう

そして俺にした話とまったく同じ話を保奈美に聞かせる玲さん
恭子先生は何故か部屋を出て行ってしまった


一通り話を聞き終わると保奈美は
「・・・そう・・・ですか・・・」
なんとも微妙な声を漏らした
当然だ、こんな突飛な話信じろという方が難しい
だが、完全に嘘だと笑い飛ばせるような雰囲気では無いのだ



沈黙の時間が流れる
その沈黙を破ったのはドアの開く音だった
そこから入ってきたのは恭子先生と・・・俺・・・『祐介』だった
「なお・・・くん・・・・・」
本当にそのまま俺を移したような奴がそこに立っていた

「お前が直樹か?」
男が口を開く
声は自分とは違うように聞こえる
だが、自分の聞こえる声と自分の話す声は別だという話だから
自分では判断できないだろう
問い掛けるように保奈美を見ると軽く頷いた
まったく同じ声だと言う事だろう
「あぁ」
暫く二人でにらみ合う形になる
「先生、俺は戻るよ」
祐介はそういうと部屋を出て行った
「ん、私も戻るわ」
そう言って恭子先生まで部屋を出て行ってしまう

俺と保奈美は突然の出来事にぼうっと突っ立っていた
「とりあえず、コレで信じてくれましたか?」
玲さんが俺たちに尋ねる
少なくとも俺と同一の存在がいるって事はわかった
そしておそらく彼女らの行っている事に嘘は無いのだろう
俺の体調のことも含めて・・・

「それで・・・俺はどうすればいいんだ?」
「とりあえず、今日のところはこれで終わりです」
「じゃあ帰っても?」
「はい、突然お話してすみませんでした」
「いえ・・・それじゃ」
俺と保奈美は一礼して理事長室を後にする
そのまま一緒に帰ることになったわけだが
どちらも一度も口を開かずに家につき
「おやすみ」
とだけ言って分かれた




先ほど話された事がぐるぐると頭の中を巡る
どうしていいのか解らない
どうすればいいのか解らない
茉理にも、叔父さん叔母さんも心配されたが取りあえずは部屋に戻った
向こうもあまり強く追求してくるような事はしてこなかった
とにかく考える事が山のようだ

全面的にあの話を信じるとする
そうしたら俺はもうすぐ発病するのだろう
そうなれば保奈美と今まで通り付き合う事など不可能だ
むしろ俺だってそのまま死んでいってしまうのだろう
だったらどうすればいい?
何か手があるのか?
無いから過去の人たちは死んでいったのだ
何も打つ手が無いからこの時代に逃げてきたのだ
だったら・・・俺にはどうする事も出来ない

もし信じなければ・・・
あの話が嘘ならそれで終わり
ただの睡眠不足って事で終わり
だが・・・もし本当だったら・・・結局同じだ
むしろ信じないで自分勝手に動いて保奈美に移してしまうかもしれない
俺がそういう行動に出たとすれば
きっと保奈美は拒絶する事は無いだろう
だがそんなのは俺が嫌だ


結局する事など決まっているのだ
これからは発病している事を前提に動く事しか出来ない・・・
とにかく明日恭子先生に詳しい話を聞こう




そう考えたところで俺の意識は夢の中へと落ちていった
今日は祐介の夢を見なくてすんだようだ・・・




「な〜〜お〜〜く〜〜ん?」
「んぁ?」
久々の熟睡を妨げる声
「そろそろ起きる時間だよ?」
だが、俺は決して屈しない
「そろそろ起きないと危険だよ〜?」
今はどの欲求よりも睡眠欲を優先する時だ
「起きないと〜」
保奈美の声が段々近付いてくる
「その口に〜〜〜」
意識が一瞬で覚醒する
すぐ目の前に会った保奈美の顔を両手で止める
「あっ」

今までもこんなやり取りはあった
そんなときはいつも最後までやらせて
それから二人で照れながら居間に下りていく

だが今回は途中で止めた
その理由を保奈美も解っているようだった
昨日の玲さんたちの話
完全に信じられる事じゃないけど
それでも・・・

「やっぱ・・・ダメ?」
「当たり前だろ?」
「わたしはなおくんとなら・・・構わないよ?」
「俺は構う・・・もし逆の立場ならどうする?」
「それは・・・・・・」
「だろ?」
「そっか・・・」
保奈美は少し寂しそうにしている
だが、少しでも危険があるなら
しかもその危険が死に直結する可能性があるなら
俺はそんな危険な橋を保奈美に渡らせるわけには行かない

嬉しいけど・・・悲しい
保奈美は登校中にそんな感想を漏らした
それは俺だって同じだ
これが最善だとは思うけど・・・やっぱり辛い
とにかく恭子先生に詳しい話を聞かないと




放課後
HRが終わってすぐ教室を出る
そして保健室へ
準備中の札にも構わず中に入る
「いらっしゃい、どーした?」
「あの事なんですけど・・・」
「ん、時計塔の方に行こうか?」
「あ・はい」
どうやらその手の話はこっちではしない事にしているらしい

理事長室では玲さんがすでにお茶の準備をしていた
そしてすぐに本題に入る
「で、昨日の話・・・どう受け止めた?」
恭子先生が最初に聞いてきた事はそれだった
昨日の夜思案した事を伝える
取りあえずは信じて行動をすると
恭子先生は少しほっとした様子だった
「それで・・・俺はどうすればいいんでしょう?」
「どうって・・・」
「もし俺がこのまま感染するようなら、治らないんですよね?」
「・・・そうね・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・一応、何通りか考えてある」
「どんなですか?」
「期待しないでね、治る選択肢は一応無いから」
「・・・はい・・・」
「まず1つ目はこのまま過ごす」
「・・・えらくアバウトですね」
「えぇ、できる限り祐介から離れて暮らせば・・・もしかしたら同調のスピードが落ちるかもしれない」
「落ちなかったら?」
「私たちも祐介もココを離れるわけには行かない・・・遠くで久住が発症するような事があれば・・・もしかしたら気付いた時には終わりっていう最悪の事態が起きるかもしれない」
「・・・確実性が無い上に、ダメなときのリスクもある・・・か・・・」
「もちろんできる限りそっちの状況は見に行くし、気を付ける・・・でも万が一ってこともあるから・・・」
「他には?」
「このままココで生活する・・・いま治療法を探しているから、もしかしたら発病前に・・・最悪発病してから死ぬ前に治療法が確立するかもしれない・・・」
「・・・どれくらいの確率でしょうか?」
「良くて5%の確率って所でしょうね」
「悪ければ?」
「普通に乙種に感染したなら結構長い間生きる事が可能なの・・・それで5%・・・でも同調で感染した場合、侵攻状況まで同調しかねない・・・もしそうなれば・・・0.01%ってところかしら・・・」
「そうですか・・・」
「最後に・・・今のまま久住を封印する」
「は?」
「いわゆるコールドスリープってやつかしら?」
「それってよくSFに出る・・・」
「えぇ100年後でも実用化は出来てない・・・まだまだ実験段階の代物よ」
「・・・」
「もちろん危険極まりないわ、ただ、もし保存に成功すればまず間違いなく助かる。解除を失敗した事は未来ではほとんど無い、眠る時に起きる様々な不具合・・・これはどうしようもない事なの、未来では感染症が広まった事で研究は完全ストップ、一応その装備一式は送ってきてもらってて、いま結が調整してる」
「それは・・・できるだけ待って、ぎりぎり死にそうな時の選択って訳には・・・」
「そうも行かないの、さっき言った通り眠らせる時に不具合が起きることが多い、その不具合をできる限り減らすためには、できる限り健康体であって欲しい。今の久住でも少し不安が残るような状態なの、病気に蝕まれた状態ではほとんど成功しない・・・だから未来でも全然この装置は意味が無いの。もともとは現代で治らない病気にかかった人を未来までその状態を保存するっていう物なのに、病人には使えない・・・」
「今の俺で成功するのはどれくらいの確率でしょうか?」
「だいたい・・・5〜6割・・・おそらく形振り構わなければこれが最善よ」
「・・・」
「ま、迷うわよね、5〜6割と言っても逆に4〜5割は失敗・・・そして死、さらに治療法が確立するのは1年後かもしれないけど、10年後・・・100年後かもしれない・・・浦島太郎みたいになるかもしれないわね」
「それで・・・どうする?無責任のようだけど久住の人生・・・考える時間はいくらでも有る・・・もちろん最後の方法は考えれば考えるほど危険が増える、最初の方法を試すにもできる限り早い方が良いわ」
「・・・・・・」
・・・俺の心は・・・決まっていった・・・




「久住・・・本当にいいのね?」
「俺の人生なんでしょう?」
「ま、そうだけどね・・・藤枝とかには何も言わないの?」
「・・・正直・・・会いづらいです・・・何を言ったらいいのか・・・」
「それでも・・・本人に言ってもらいたい物だと思うけどね」
「今保奈美にあったら・・・決心が鈍りそうで・・・」
「そう・・・」
用意していた注射器を刺される
大きめでかなりの痛みを覚悟したが不思議と痛みはほとんど無い
2度大きな注射を受けると次第に感覚が鈍くなってくる
「あれ・・・」
「満足になんて動けないわよ」
「そっか・・・ってなにを・・・」
恭子先生は俺の制服のボタンを取り始めた
「服を着たままって訳には行かないのよ」
「そ・・・それくらい・・・自分で・・・・・」
「無理よ その身体じゃ、いいから」
そして完全に服を剥ぎ取られる
隠したくとも手も満足に動かない
そして何かべとべとした物を身体中に隈なく塗り始めた
「・・・・な・・・に」
言葉を発する事すら満足には行かない
意識を保つ事すら難しい
恭子先生が何かを言っているようだが・・・聞こえない
いや、耳には入ってきているが頭がそれを感じられない

そうして
俺の意識は
どんどんと
溶けていった









「・・・ずみ・・・くずみ・・・く〜ず〜み〜」
身体中が痒くなるような変な感覚と共に体が覚醒してきた
・・・どこかに横になっているようだ
そして横には、少し年を取ったような恭子先生
「せ・・んせい・・・・すこし・・・お年を・・召されましたね」
「ったく・・・開口一番でそれ?お礼の言葉とか無いわけ?」
「無事な証拠を見せようかと・・・」
「いいから、暫くは自分で歩くのも辛いからね?」
「あーい」
「とにかくこれから暫くはリハビリ生活よ」
「りょーかい・・・・・・そういえばどれくらい時間が経ったんですか?」
「大体10年、正確には9年と7ヵ月ってところね」
「意外と・・・長かったですね・・・」
「そうね、これ以外の方法ではまず死んでいたでしょうね」
「そっか・・・でも・・・・・10年・・・か・・・・・・」
「まぁちょっと待ってなさい、知らせてくるから」
そういうと恭子先生は部屋から出て行ってしまう
いつのまにか服を着せられていたようだ

しかし・・・10年か・・・そんなに・・・
むしろ待っていないで別な奴とくっついいてくれた方が・・・
結局俺は最後に保奈美のことを考えずに自分の生きる道を選んでしまった
2,3年程度ならまだしも・・・10年・・・長い・・・埋めようの無い時間

ガチャッ
戸が空くと玲さんと結先生が入ってきた
玲さんはまったく変わらない様子で
結先生は大人っぽく・・・なっているかもしれないような気がしなくもない様子で
「久住君?どうしたんですか?」
「いや、なんでもないです」
「そうですか?」
「なんにしても良かったですね、とりあえずおめでとうございます」
「久住君、おめでとう」
「は・・・はい」
「ご家族には今連絡しました、今は全員海外にいると言う事なので退院の日時を教えましたのでその時に合わせて帰ってくるそうです」
「茉理も?」
「はい」
「そっか・・・」
10年の時が確かに流れていた
既に茉理は結婚なんかしているかもしれない
ていうか既に27歳ぐらいだろう・・・してなかったらからかおう

「天ヶ崎さんと橘さんはすぐに来るそうです、広瀬君などにはまだ知らせていません。退院しだいお知らせします」
「そうですか・・・ってなんで・・・」
「天ヶ崎さんも橘さんも私たちと同じなんです、だから事情は全て知っています」
「そうだったですか・・・って保奈美は?」
「藤枝さんは・・・」
玲さんが言いよどむ、その代わりに恭子先生が教えてくれた
「藤枝は2,3日したら来るわ」
「そ・・そうですか・・・」



その後ずいぶん大人っぽくなったちひろちゃんと、まだまだ現役って感じの美琴がお見舞いにきてくれた、ずいぶん騒がしくなったが、とても久しぶりのような・・・それでいてつい最近まで会っていたような不思議な感覚で、涙を流してしまった
美琴もそれについて茶化してきたりはしなかった
むしろ美琴の方が泣いていたような・・・




そして4日後
予定より遅れたが保奈美との面会という事になった
何とか歩けるようになった俺は指定された部屋に向う

トントン
「なおくん?どうぞー」
中から保奈美の声が聞こえて中に入る
保奈美はベットから身を起こし、こちらを見ている
「?」
何となく違和感
というか違和感を感じないという違和感
「保奈美・・・なんで・・・」
保奈美は俺の記憶の中の保奈美のままだった
「だって・・・なおくんと一緒にいたかったんだもん」
「藤枝が自分も眠らせろって言ってきたのよ」
振り向くとドアの外に恭子先生が立っていた
もはや驚かせる為にそこに居たとしか思えない
「・・・」
俺は声でも出なかった
「例え完璧な健康体でも成功率は7〜8割だから止めなって言ったんだけど・・・」
「だって・・・」
もう二人の声なんて聞こえてなかった
なんとかベットの側に寄り、保奈美を抱きしめる
「あらまぁ、もう濡れ場ですか?んじゃ私は消えますわ」
恭子先生の声が聞こえたような気がした
ドアが閉まるような音が聞こえたような気がした
だが、そんなものを気にせずにとにかく保奈美を抱きしめた
「ちょっと痛いよ、なおくん」
「わ・わり」
腕の力を少し抜く

「どうして・・・?」
喉からやっと聞きたいことがでた
「どうしてって・・・なんとなく、逆の立場だったらどう?」
「・・・・・・そうするかも」
「なら、いいでしょ」
「・・・そうか・・・そうだな」
「うん」
どちらも動き難い身体ではあったが
なんとか身をよせて
その唇にキスをした

「これからもよろしく、なおくん」
「こちらこそ」

Fin


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