120円の冬「約束と再会」


そういえば・・・あいつは今ごろ何してんだろうなぁ・・・
半年ほど前、不思議な出会いをした名も知らぬ女の子
だが、幼い頃の自分と似ていた女の子
半年も経って急にその子を思い出したのには理由があった

あの小さな事件の後、俺は就職する事にした
別にあの事件があったからではないが・・・多少関係あるかもしれない
最近ついに就職活動が実を結び来週の頭からついに俺も社会人となる
それにあたり俺は家をでて社宅で暮らす事になっている
さすがにこの家から通うには少し面倒だし
『一人暮らし』ってのが何となく大人っぽい気がしたっていうのもある
そうして今日は荷物の荷造りをしているのだがそのときに懐かしい物を発見したのだ

「これは・・・」
キップ
何の変哲も無いローカル電車のキップである
一目見た瞬間にそれが何なのかが思い出される
幼い頃
自分の理想と現実のギャップに気付きそうになった頃
それを振り払おうとして買ったポケットの中のお金を全て使ったキップ
あの小さな事件のあと少し気になって探したのだが見つからなかったのが・・・
「まさかこんな時に見つかるとは・・・」
もしここで気付かずに捨ててしまったら二度と見ることはなかったかもしれない
ここで見つけた事にはたして何か意味があるのか・・それとも意味は無いのか
今の俺にはわからない
だが、あの小さな事件を再び思い出すきっかけにはなった


あの夜
俺達が行ったあの駅
俺の2度目の挑戦で到達した駅
あそこのベンチで夜中ずっと起きていた
寒くて寝たら危険な気もした
そして話をしていたかった
結局あまり話すことは出来なかった
彼女が寝そうになるのを俺が起こすという事を繰り返していたからかもしれない
始発は何となく避けて2本目の電車に乗った
結局無賃乗車であるので検札に引っかかる訳には行かない
なのに一緒に見張りをするはずのあいつはずっと眠そうにしていた
結局俺が見張りをして駅員が近付いたら抱えてトイレに行くはめになった
それでも何となく楽しかった

そのうち面倒になったのと、トイレが案外臭くなかったので(・・・慣れたのか?)
しばらくトイレにこもっていた事もあった
そのうちに俺の降りるはずだった駅も通り過ぎ
俺の住む町に近付いてきた
後4,5駅という所だった
そんな時、彼女が声を漏らした
「あ・・・」
「どうした?」
不思議に思い聞いてみる
「次・・・私の降りる駅です」
「そうか・・・」
いつか来るとわかっていた別れ
別に元々他人なんだから悲しむ事は無い
そう思っても何となく寂しい気持ちになるのは止められなかった
「あの・・・」
「何だ?」
「えっと・・・その・・・」
「・・・」
「ありがとうございました」
「・・・」
「わたしこのこと忘れません」
「・・・」
「だから――」
「忘れとけ」
「えっ!?」
「こんな無茶した思い出なんて・・・憶えていても後で悲しくなるだけだぞ」
俺は本当に言いたかったこととは別のことを話していた
確かに自分自身あの事を思い出してつらくなった事もある
昔の自分
ブラウン管の向こう側になれると思っていた自分
それを再認識して恥かしくなり
やはりなれなかった今の自分を見て悲しくなる
だが今はそうでもなかった
この子と一緒にいて変わったのかもしれない
確かにブラウン管の向こう側にはなれないけど
でも・・・
「でも・・・それでも私は忘れません」
「え?」
「お兄さんと見たあの星空・・・例え信号だったとしても・・・あれは私にとっては忘れられない夜空の思い出です」
「っ!? お前」
「気付いたのは うとうとしてた時ですけどね」
「そうか・・・」
「だからお兄さんも心の片隅ぐらいには置いてくださいね」
「・・・・・・そうだな」
「はい」
電車が次第にゆっくりになる
彼女が少し前で俺が買ってあげた切符を取り出す
この辺からは無人駅は無いので最後の無人駅で二人分の切符を買ったのだ
お金だけ渡したので彼女がいくらのを買ったのかは知らなかったのだが・・・
「あれ?」
何となく変に思い声を出してしまう
「これですか?」
彼女は手にしていた切符を俺に見せる
その切符はなぜか2枚あった
「こっちは降りる時にわたしちゃいますから、このキップはあの120円のキップの代わり」
「そうか」
「あ、すみません無駄に買ってしまって」
「そのぐらいいい、俺は大人だからな」
「う・・・わたしだって」
「そんな鞄から縦笛を覗かせた大人はいない」
「これはリコーダーっていうんですよぉ」
「そうだったな・・・」
そんなやり取りと共に駅が見えてくる
「あの・・・最後にひとついいですか?」
「・・・なんだ?」
「顔・・・よく見せてください」
「見てるじゃないか、さっきから」
「あ・・あの・・・私目が悪いから・・・」
「・・・そうだったな・・・解った」
「そ、それでは・・し、失礼します」
なんだか変な事を言いながら顔を近づけてくる
お互いの息を感じるほど近くに女の子の顔が寄ってくる
「み・見られてると恥かしいです」
「ただ顔を見るだけの行為を見られて恥かしいのか?」
そういう俺もこの近くで顔を見ていると恥かしくなる
「で・出来れば目を閉じて欲しいなぁなんて」
「・・・」
眼を閉じる


「もう良いのか?」
「へ?は・はいっ」
目の前でいろいろと考えながらうなっていたのだが結局何もしてこなかった
ほっとした半面少しざんね――って何を考えているんだ俺は?

そうしているうちに電車が駅に差し掛かった
「・・・じゃあな」
それだけを口にする
「はい・・・それでは・・・」
向こうもそれだけを言って席を立つ
「また・・・会えますよね?」
小さな声、泣きそうな声だ
「・・・・・・」
だがその問いかけに答えられなかった
そんなのはおそらく無理に決まっている
俺はこのローカル線からさらに乗り換え結構移動をする
彼女の降りる駅も乗り換えがそこそこにある おそらくさらに移動するのだろう
嘘をつくのは簡単だ
『あぁ』とか『そうだな』とか
だが・・・俺にはそんな嘘もつけなかった
「・・・そうですよね・・・」
彼女はそう寂しそうに呟いてドアのほうへと歩き出す
電車が完全に止まりドアが開いた
窓の外を歩く女の子
俺は急いで窓を開けた
「おいっ!!」
彼女が振り向く
俺は急いで財布を開ける
ドアの閉まる音、直後走り出す列車
俺はテレホンカードを取り出し投げた
漫画のようにきれいに飛ばずにヘロヘロとホームに落ちる
「それ預かっておけ!!いつか取りに言ってやるよ!!」
そう怒鳴る
既に列車は動き出しており聞こえたかどうかもわからないが怒鳴った
女の子はそれを拾い何かを言ったようにも見えたが俺の耳には届かなかった
だがその声が聞こえたような気がした
『待ってます』



「ったく・・・俺も無茶言ったな・・・」
回想し終えた俺は自重気味に呟いた
またあの時の俺は信じてしまった
ブラウン管の向こうのように、かっこよく再会できると
それが無理であると大人である俺は解ったはずなのに
あの子といた俺はまた信じてしまった
だが現実は甘くない
おそらくあの子と会う事など二度とあるまい
そう思いながらも
そのつらい事しか思い出さないはずのキップは捨てられずに再びしまい込んだ



会社は電車に乗って結構移動する必要がある
まぁ歩いていけるんだったら社宅になんてしないしな
それに電車の方角もあのローカル線には決して近付かない
正確には近付くルートもあるのだが何となくそれを避けた
思い出したくなかったからなのだが・・・結局余すところ無く思い出してしまっている・・・
「えっ!?」
あれは・・・
って違うだろ
一瞬期待して声を出してしまった自分に恥かしい
あれはただ鞄から縦笛・・・リコーダーを覗かせているだけの別人
あいつだっていくらなんでも年がら年中リコーダーを指してるわけが無い
ったく・・・
未だにブラウン管の向こうに憧れる自分が嫌になる
忘れよう忘れようと思えば思うほど思い出してしまう
あのキップを見るまではほとんど忘れそうだったのに
一度思い出したらもう消えそうに無かった
俺の降りる駅まではまだ結構ある
それまでこんな事になるのかと思うと・・・

電車が止まりドアが開く
一人が席から立って電車を降りる
・・・座るか・・・
誰も座らないようなので席へと移動する
寝ればこんな事も考えずに済むだろう
「す、すみません、ここ通らないでください」
「えっ?」
後ろから声をかけられる
「実は・・・落し物・・・してしまって」
「キップ・・か・・・?」
「・・なんで・・・解ったんですか?」
「昔・・・そんな事を言う子供がいたんでね、ちょうどキミみたいな子供が」
後ろを振り返りながら言う
「失礼ですね、私は子供じゃなくて大人です」
「そんな鞄からリコーダーを覗かせた大人はいない」
「これは縦笛―――ってあれ?」
「そうか、やっぱり縦笛であってたんだな」
「いえっこれは・・・うぅ〜〜〜」
こうなっては感動の再会も台無しだ
女の子は涙をためながらも苦笑している
「何で・・・ここに?」
俺は疑問に思っていた事を聞いた
「それは私のセリフですよ、私はいつもこの電車に乗ってるんです」
「家、こっちのほうなのか?それならあの駅で降りたのは・・・」
「こっちのほうに学校があるんです、今は夏休みですけどね」
「そうか・・・成績が悪くて・・・」
「そ、そうじゃありませんよぅ」
「ははは」
「わ、笑わないで下さい」
「すまん、つい・な」
いつのまにか空席には他の人が座っていた
だがそんな事はもうどうでも良かった
もう寝る必要は無い
目の前にいる彼女がいれば・・・


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